コロナ禍ということもあるかとは思いますが、悲しいことに「覇気がないなぁ…」と思うことが多くなりました。
特に「目が死んでる」(笑)
明らかに、以前とは全く印象が違うと感じています。
最初は「年を取った」など年齢による変化かと思っていたのですが、どうやらそれだけの問題ではないようです。
原因として考えられるのは、「感情の鈍麻」…って、病気に罹ってるかも!?(^^;)
日常生活の中で笑うこともほとんどないですし、そんなに「嬉しい」とか「わくわくする」ということもありません。これはきっと、大きな影響だと思います。
気持ちが安らぐのは、自然の中を歩いたり山を眺めたり…木、水の側にいてほっとするときくらい。
「目が死んでる」「原因」とかでググると色々な記事が出てくるのですが、「あー、これだ」と思ったことがあります。
それは、「絶望」「将来に希望が持てない」という気持ちの持ち方。
いやもうほんとにこの状態、うつ病、病気ですね(笑)
別に、コロナ禍が原因という訳でははありません。
スピリチュアリズム…なんて名前をつけているサイトでありながら、矛盾するようですがスピリチュアリズムとの出合いですっかり自分の考え方が変わってしまったことが最大の原因かと思います。
何か辛いことがあると、真っ先に頭に浮かぶのは「カルマ」のこと。
逃げたところで、どこまでも追い掛けてきます。逃れられないんです。これはもう今までの人生で経験済みのこと。
なので自分にできることは、どんなに辛くても理不尽なことでも、「この状況に取り組むことしかない」と諦めて受け入れることだけ。
助かったり、ラクになったりする見込みはありません。全ては「摂理」に従っていますから…
思わず「今までのやり方」に頼って「神様に祈りたく」なってしまいますが、聞いてもらえるはずもありません。
なぜなら、神こそが摂理そのもの、なのですから。
スピリチュアリズムの知識が生半可にあるせいで、神様に「助け」を求めようとした次の瞬間「こんなことしても無駄」ということが瞬時に分かってしまいます。
この繰り返し・連続が「絶望と諦め」「将来への希望が持てないこと」につながっているのだな、と感じています。
映画の「マトリックス」そものですね…
「真実を知らないほうがよかった、よほどラクだった」という思いと、「それでも、知ってしまった以上もう元には戻れない」という気持ちとの間をいったりきたり、が延々とループ。
「絶望と諦め」「将来への希望が持てないこと」の中で、ひたすら類魂の仲間のところへ戻れる日を心待ちにするだけの毎日。
せめて何か、人の役に立つことでもできればよいのですが…大したこともできないまま、無駄に生きているだけだなぁと思います(:_;)
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