スピリチュアル・ヒーリングを実施しても、高次霊の力を借りたとしても、どうしても病気が治らない場合があります。一方で、簡単に治癒してしまう、というケースも。
この違いはどこからくるのでしょうか?
実は、この問題には「カルマ」が関わっています。病気による苦しみがカルマの解消のためである場合には、解消されるまでは病気が完全に治ることはありません。
ヒーリングで少し症状が良くなることはあるかもれませんし、一見「治った」ように見えることもあるかもしれません。
それでも、カルマが解消されていなければ、その後またぶり返したり、別の病気となって再び現れ、当人を苦しめることになります。
一方、簡単に治癒してしまうというケースの場合、カルマが解消された、と考えることができます。もしくは、カルマが解消間近になったが故に、導きで「ヒーリングと出合う」という出来事が生じたということ。
つまり、カルマ解消の最後の仕上げとしてヒーリングが象徴的に表れた、と捉えることができます。
なので、病気で苦しんでいる人に第三者が出来ることは・・残念ながら、何もありません。霊的成長の必要性を本人が自覚して、真摯に取り組んでもらうしかないのですね。
なので、第三者が何かできるとすれば、当人の「霊的成長」を促すための情報をそっと提供すること、くらいでしょうか…
ところで、これはスピリチュアリズムの本に載っていたことではありませんし、シルバーバーチが言っていたことでもないのですが、自分の経験と想像から・・
子どものときから持っていた体質的な病気など。これは、もしかすると前世が原因のカルマなのではないかな、と思っています。
自分の場合は、小さいときからアレルギー体質で特に鼻や耳が弱く、肌のかゆみもありました。特に「汗疱」と言われる症状にはずっと悩まされていました。
以前このことについて書いていました ↑
「ヨガを始めてから改善、ほぼ完治」という経過をたどっていますが、今考えれば、前世でのカルマが概ね解消に近付く → 体質改善となる機会や情報に導かれる → 実践の試みによりほぼ完治 というルートだったのではないかな、と感じます。
自分の場合はヒーラーとの出合いではなく、情報との出合いとなりましたが、何れにしても何かに導かれて「完治」へと向かう過程はどうやら一緒のようです。
また、大人になってから・人生の後半から罹った病気については、今現在生きている時に生じた何らかのカルマなのかもしれません。
自分の親を見ていると、何となくそのように感じます。人生の最後になって、あらゆる病気に苦しむことになるとは…
可哀想ではありますが、もしかすると自業自得的なカルマと言えるのかもしれません。
そしてある意味、スピリットの世界に移行する「前」にこのカルマが解消されれば、当人にとってはむしろ幸せなことなのではないかとも思います。
自分が何もできないのは100も承知ですが、それでもあきらめずにスピリチュアリズムの知識を少しでも伝えるなど、出来ることをしていけたらいいな、と思います。
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