ヨガの最終目的「解脱」とは

ヨガ 瞑想
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ヨガの目的は「解脱」とされています。仏教と同じ、ですね。

この点がピリチュアリズムと大きく異なる部分となります。「解脱」・・いわゆる「悟り」を開くと言われる状態、nirvanaに入ること、でしょうか。

自分もスピリチュアリズムの知識を学ぶ前は、何となく「そういうものなんだろうなぁ」と思っていました。

…というか、「悟り」とか(笑)…まだまだ「修業が足りん」状態の自分にとっては、あまりにも遠過ぎて正直実感が湧かない、というのが本音です。

自分がヨガをするのは、シンプルに、ただただ「ヨガが好きだから」。

身体的にも気持ち良いですし、アーサナ(ヨガのポーズ)に集中しているときの、半分瞑想状態のような感じが本当に心地よくて、大好きなのです。

なので、ヨガのteacher’s training (RYT200)を受けていたときも「ヨガの最終目的は解脱」とヨガ哲学で教わりましたが、「やっぱりヨガって、元々神聖なものなんだ」という認識は新たにしたものの、「自分は悟りを目指しています!」と公言するほどには至りませんでした。

ひとつだけ「願い」があるとすれば・・「解脱すれば、もう物質世界に戻ってこなくていいのかな」ということ。

もしもそうだとすれば、それなら自分も精進して、目指してみようと思っていました。

さて、その後スピリチュアリズムの知識を学び、この「解脱」という状態について自分の中でも少し「認識の修正」が必要かな、と感じるようになりました。

解脱、悟りが開く状態は仏教やヨガだけでなく、他の宗教・体験でもみられます。例えばキリスト教では、神との一体感を感じたときの法悦(エクスタシー)のことを指すようです。

本人にとっては神秘的かつこの上ない幸せを感じるものであり、生涯忘れられない素晴らしい経験になるようです。

ただ、霊界の視点から見ると、これらの経験は霊界ではほぼ常時・・と言うと言い過ぎなのでしょうが、少なくとも頻繁に感じられる状態だそうです。

我々よりも神のずっと近くにいることができて、直接神の光を日々受けることが出来る霊界の方々にとっては日常的な経験と言えるもの、とのこと。

地上と霊界では、言葉どおり「天と地」の差があるのですね(笑)

このようなことからも、解脱が最終目的、となってしまうと霊界としては「???」「なんで?」となるみたいです。

nirvanaに入り、もう二度と輪廻転生しなくてよい状態・・というのは、実際にはないですよね。スピリットの世界に移行した後もずっと、霊的成長の努力は続く訳ですから。

ただ、霊界に入る前の休息の段階「幽界」での経験が、ひょっとするとnirvanaの世界観に近いものなのかもしれません。

そこでほっと一息ついて少し休んでから、霊界に入り霊的成長を続けることになる、ということですね。

幽界についてはこちら

「死」に対する正しい認識
スピリチュアリズムの中でも特に、最も広い層に知らせたい・浸透させたい考えのひとつに、「死」に対して正しい認識を持つこと、が挙げられます。物質世界 = 地獄(笑) で、死んだ後どこにいくのか。①死ぬときは無意識(基本。よほど高いバイブレーションの方は、意識があるかも)、「眠る」感じ。まずは深く眠って「休む」

これからもヨガはもちろん続けますが、「最終目的は解脱」という部分はしばらく保留にしておきたいと思っています。

解脱は通過点という認識のもと、それからも霊的成長を目指すつもりで日々ヨガを行っていきます。

…って、まだまだ解脱の「げ」の字も感じませんが(笑)

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