毒親育ちの特徴「どうせ」に支配される

思考・言葉・意味
google ad1 upper place

前回の続きです。

毒親に関することをネットで色々と調べていて、もうひとつ「確かに・・あるある」と感じたこと。

それが、題名にも載っている「どうせ」とう言葉です。

毒親育ちの人たちは、子どものときから多かれ少なかれ、以下のような経験をしています。

 どんなに頑張っても認められない、ほめられない、無視される。

 どんなに「聞き分けの良い子」でいても、他の兄弟姉妹の方を優先・可愛がる、差別される。

 突然、理不尽なこと・訳の分からない理由で怒られる、責められる、叩かれる。

 そのことに「納得できない」と態度で示す(謝らない)と、「素直じゃない」「可愛くない」と、一層ひどい目に合わされる。暴言を吐かれる。

 (そんなに経済的に困っているようには思われないのに)何か買って欲しいと言うと、あからさまに嫌な顔をされる。その繰り返しで、何かねだる、ということはしなくなる。初めからあきらめる。

 第三者からいただいた「お小遣い」を、取り上げられる。(他の兄弟姉妹にはそのようなことはしない)

 自分の洋服はほとんど「お下がり」。他の兄弟姉妹には新品を買い与える。

 過干渉、コントロール、支配しようとする。従わないと不機嫌になる。

 自分の価値観が全て。それを相手に押し付けようとする。同調しないと不機嫌になる。

 (子どもとして)大人の助けが必要なときでも、突き放される、暴言を吐かれる、無視される、放置される。

…などなど。まぁ、一言で表現すれば「親に愛されずに育った人=毒親育ち」ということです。

改めて、こうして文字にして眺めてみると、ある意味(今の世の中なら)虐待、と言い換えてもよさそうですね。

自分の場合幸運だったのは、もうひとりの親が毒親ではなかったこと。そして祖父からの愛情が大きかったこと。

毒親には愛されなかったけど、他の人は愛情を注いでくれた…これは自分の中で、ものすごく大きな「心の支え」になっています。

多くの毒親育ちの人は、両親そろって毒親、という中で生き延びてきた人も決して少なくはありません。なので、まだ自分は恵まれた方だったのではないかな、と思っています。

さて、何とか「生き延びた」毒親育ち。

晴れて経済的に自立できる日を迎えて、やったぁ、これで毒親から解放! となる「はず」でした…

ところがそう上手くはいきません。毒親から物理的に離れても、毒親が長年にわたって吐き続けた「毒」は、自分の体内から抜けずにずっと残り、引き続き傷つけ続けるのです。

そのことを象徴するのが、タイトルにも載せた「どうせ」という言葉。

長年にわたって、前述のような経験をしてきた自分には、ことあるごとに「どうせ」という言葉が呪いのように頭に浮かんできます。

ものすごく力を入れて、仕事を頑張っても…「どうせ、評価されることはない」

異性と付き合って、上手くいかないとき…「どうせ、愛されることはない」

友人ができて親しくなったけど、何かですれ違いが生じたとき…「どうせ、理解されることはない」

助けが欲しいとき、誰かに相談しようかなと思ったとき…「どうせ、誰も助けてくれない」

とまぁ、こんな感じでいちいち「ストップ」がかかってしまうのです。

特に影響受けてるなぁと感じるのは、友人知人関係でしょうか。

例えばお互いに忙しくて連絡が途絶えたり、疎遠になったりすると、もうこちらからは連絡することができなくなります。

「やっぱり嫌われてるのかな」とか「自分から連絡したら迷惑かも…」と、連絡するのを躊躇してしまうのです。

多分、「普通の人」ならそんなことは考えませんよね(笑) 普通に連絡して、普通に関係性が復活して、また楽しく付き合えるのだと思います。

ああ、うらやましい「普通の人」(^^;)

何が言いたいのかというと、これほどまでに「子ども時代に体験したこと、環境」というのはその後長年にわたって影響を与え続ける(のかも)、ということ。

フロイドちっくな話、ではありますが、個人的にはフロイドの理論の核とも言える「あらゆる成人後の精神的な苦痛・苦悩・病の原因を遡ると、幼少期の体験にいきつく」といった見解には「激しく同意」という感じです。

今更、毒親を恨むとか憎いとか、そういう感情は全くないのです。まして、怒りをぶつけて既に年老いた毒親のことを傷つけるとか、そんなことは望んでいません、本心から。

ただ、関わりたくない、というだけ…せめて、呪縛から解放して欲しい、と願うだけです。

この関係性もカルマ、なんでしょうね。

ここまで苦しめられる関係性というのは、今世だけの問題とは思えません。

もしかすると、前回は自分の方が、毒親に対して何か毒を吐いていたのかもしれない(笑) なんて思います。

今世ではその仕返し? を受けているのでしょうか。

ただ、不可解なのは、晩年の毒親が完全に「不幸」になっていること。身体的な病気だけでなく、精神的な病にも苦しんでいます。

きっと、今世での課題は「自分自身の毒に気付いて、悔い改める」ことなのでしょうが・・どうやらそれは難しいようです。

とすると、またカルマは持ち越し…また次の生で「修業のやりなおし」を命じられることになるでしょう。(宇宙の法則により) それはそれで可哀想だな、と同情します。

自分の方もまだまだ、これからもカルマに鍛えられそうですが、毒親とはひとつだけ違うところがあります。

それは、自分と子ども世代以降、もう二度と「毒」に苦しめられる人が出ないように、今世で打ち止めにすることができたこと。

「毒親育ちは毒親になる」と言われますが、自分もある意味毒親行動を多々してしまったと後悔しています。

それでも、子どもが頑張ってくれた! (性別の違いも、大きく作用している気がしますが…)

自分自身は「だめだめ」な親でしたが、子どもはその逆境にも負けず、毒を見事に跳ね返してくれました。

そして自分自身も、毒親行動を振り返り「後悔の涙」を流してばかりの毎日ではありますが…

「毒を跳ね返してくれた子ども」に救われて、何とか余生は反省と修行の日々で最後の日まで粛々と生きていこう、と思っています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました